修平氏、お久しぶり。

八月終わり頃。

平氏は縦横に揺れる電車の中にて、このようなことを思った。

「小生も二十九歳を目前に控えている。同い年やら年下やら、ともかく、各々独立という分岐路に立ち、一国一城の主となろうとしている。それにつけても自らの三歩進んで二歩下がる状態は何であるか?ちゃんとしろ!このすっとこどどすこい!」

そんな感じなのである。

修平氏、新年の挨拶をする。

謹賀新年。


晦日の営業を終えた修平氏は、大人しく家に帰る事を潔しとせず、ミナミのバーに向かい、その店のマスターM垣氏と居合わせたお客さんたちと連れ立って、アメリカ村にある八幡神社へ初詣に出掛けた。


賽銭(100円)を投じ今年一年の健康と幸福を神様に懇願した。


その後修平氏はおみくじを引いた。結果は大吉であり、「これはすごいよ。2012年は向かうところ敵なしだよ、君」という神様のお告げを鵜呑みにした。



2日。修平氏は地元の友人に声をかけ、近鉄八尾駅前の笑笑に飲みに行き、近況報告や昔話などをした。


語られた内容は以下のとおりである。


○友人の新婚生活について


○別の友人は今、新婚旅行でハワイに行っているということについて


○結婚はとにかくお金がかかるんだということについて


○それ以外にもお金はかかるんだということについて


○それでも友人は、来月に第一子(男の子)が誕生するのが待ち遠しいのだということについて


○「ところで修平氏は彼女つくらないの?」「そんな予定ないわ」ということについて


○互いの未来について


そのうちに人が増え、初対面の人までいたが意気投合しワイワイやって楽しい飲み会であった。


「この人誰?初めて会う人は気まずい」などという小さいことは気にしない。読者は、そういうところに修平氏の器の大きさを見なければならない。



平氏は本日四日より仕事始めである。


北新地へ向かう電車の中で修平氏は思った。


「皆様あけましておめでとうございます。全然聞かれてもいないが、今年の抱負を語らせて頂きます。今年は飛躍の年にしたい。多角的に。多方面に。360度ありとあらゆるアクロバチックな角度から見てもデキル男を目指したい。だって、ほら。見てごらんなさいな。おみくじには大吉って書いてるじゃないですか。これはもう押せ押せで行くしかあるまい」


何故そう思ったかという理由は定かでないが、恐らくは良からぬ事で頭がいっぱいいっぱいなのである。



それでは、今年も皆様どうかお元気で。


そして、良からぬ事で頭がいっぱいいっぱいの修平氏をよろしく。


あけましておめでとうございます。

修平氏、2011年を振り返る。

今年も残すところ僅かである。


平氏は電車の中で、今年最後の夕陽をぼんやりと眺めて思った。


「今年もたくさんの人々に出会うことができた。とくに大きな病気も事故もなく過ごせたし、感情の起伏はあっても比較的笑うことが多かった。これは大変有り難いことだ。今年は未曾有の大地震があって、現地では今もなお大変な生活を送る方々がおられる中で、幸いな事に自分は平穏な生活を送ることが出来ている。そういう中に真の有り難みというものがある」



平氏は現在、大阪の北新地にある「なごみ家」というお店で、人生で初めて「料理長」あるいは「シェフ」という肩書を引っ提げて、お仕事に励んでいる。


平氏は言う。


「マスターやお客さんから「シェフ」と呼ばれるのがごっつい恥ずかしいのです。穴があったら入りたい。穴がなければ掘ってやる」



今回は筆者に時間がないので、この辺で2011年最後の修平氏観察日誌を終える。


来年も良いことありますように。

修平氏、疲れる。

平氏は、かつてない程に自分が疲れていると感じた。


タフガイの権化と呼ぶに相応しい修平氏が疲れを感じるというのは稀なことである。


氏は、自分の手帳を見返した。


今月は一日も休んでいないことが判明した。

修平氏、北へ。

もはや己の行く先も分からず、無気力野郎になりかけていた修平氏が碇を上げ、帆を立て、北に進路をとったようである。



さかのぼること半年以上前。修平氏は船で大海原へと旅立った。


当初、順調に進むかと思われた旅は思いの外困難をきわめた。


船底に穴が空き浸水し、帆布は破れ、挙げ句の果てに地図が失くなり、事態はますます深刻化した。


宛てもなく大海原を漂っていると、偶然にも島を発見したので、そこに船を泊め、船の修理を試みたが、すでに手の施しようがない程に船はオンボロであった。


水平線に沈む夕日を眺めたり、漂流したガラクタを集めたり、ウヰスキーの瓶に手紙を入れて誰かからの返事を期待したりしたが、待てど暮らせど返事はなかった。そして、途方に暮れた。


平氏は砂浜をうろうろした。すると、波打際に小さな瓶を見つけた。


拾い上げてみると、中には手紙が入っていた。手紙には、こう書かれていた。


「私は元気です。ただ、船が壊れてしまって、にっちもさっちもいかないというのが現状です。救助待つ。修平氏


自ら書いた手紙は波に押されて、再び氏のもとに戻ってきてしまうのであった。それから何度も手紙を瓶に入れて流してみても結果は同じであった。そして、また途方に暮れた。


いつまでも途方に暮れていても仕方ないので、修平氏は島で偶然見つけた『金色のモツ鍋屋』でモツ鍋を運ぶことにした。


『金色のモツ鍋屋』の人々は修平氏を温かく迎え入れてくれた。


美味しい賄い料理を作ってくれる小さいオジサンや、やたらと「ガムいります?」と言ってくれる男の子がいた。


平氏は、小さいオジサンが唄うピチカートファイブの『東京の夜は7時』のリズムに合わせて踊った。


そういう楽しい人々に囲まれていると、修平氏は自分の置かれた状況の一切を一瞬の間だけでも忘れることが出来た。スタッフは皆良い人ばかりであった。これは本当のことである。


しかし、何かが足りない。


一番大事な何か。
根底にある何か。
大切なモノの欠落。
明らかな遠回り。


この、何か満たされぬ日々の中に身を置くことが自分の選んだことであったろうか?


このまま浦島太郎のように呑気に過ごしていて良いものか!?と、修平氏は疑心暗鬼に陥った。


「今の私はこうです!」と胸を張り、声高らかに言い切ることが出来ないもどかしさ。


「修平君は今何してるの?」という質問に対する返答を、ありとあらゆる無駄話を投じて濁すこともしばしばであった。



ある日、修平氏は勤務終了後に、気分転換も兼ねて街に出てみることにした。


ずっと鍋を運んでいると疲れるからである。


街の匂いは懐かしく、かつての自分の姿を思い出させた。


そんな修平氏のもとに、恩師から、北の街にスタッフを探しているお店があるのだという知らせが入った。


そして、修平氏は開眼する。


「自分のような者を求めてくれる人や場所で自分がやれることを存分に発揮すべきではないか!そして、己の力を伸ばすことが私の目的。…そうだ!ようやく思い出した。私はそういう奴だった!!」


平氏は後日、北の街に向かい、紹介されたお店へと足を運び、色々と話をさせて頂いた。


そして、「頑張らせて頂きます。よろしくお願いします」と言った。


平氏は『金色のモツ鍋屋』を離れる決意をした。


「この地が私の新天地!新天地というか北新地。この地で新たな挑戦だ!」


平氏は船の修理を完了し、新たな決意を胸に船出した。




という訳で、読者の皆様にお知らせである。


平氏が11月より北新地にある「なごみ家」というお店で働かせてもらうことになった。


平氏はこれまで以上に頑張ると言っている。息を吹き返した修平氏をどうかよろしくお願い申し上げる次第であると述べて、今回の更新を終わる。

修平氏、気付く。

鼻息荒く旅に出た修平氏が目的地を見失い、渡りかけた石橋を自らの手によって破壊し、このままでは食べることもままならぬので、モツ鍋屋で働くことになってから早くも半年以上の歳月が流れた。


光陰矢の如く、瞬きをしている間に季節は流れた。


仮に、コラーゲンが人体にとって有害な物質であったなら、修平氏は致死量に達する程のコラーゲンを摂取していることになる。


それぐらい修平氏は、この半年間モツ鍋を喰った。


また、修平氏は得意の人心掌握術を駆使し、店長不在時に店長代行を務めるポストに就き、学生アルバイトの少年に何の役にも立たない阿呆な事ばかり教えて過ごした。


また、夏場には『えくすとらこーるど』という冷たい麦酒を垂れ流す新型機が導入され、人々の喉の渇きを潤した。
商売は若干繁盛した。


しかし、反比例するように修平氏のモヤモヤは蓄積されていった。


「何だか随分と軌道から外れているような感覚なのだが、これは気のせいであろうか?いや、これは気のせいとかの問題ではないだろう。明らかに軌道を外れている。例えば、奈良県に行くのに近鉄電車を使ったとして、誤って伊勢・志摩方面に向かう近鉄電車に乗ってしまっている感覚だ。いや、何も伊勢・志摩が悪い訳ではないし、モツ鍋屋が悪いという訳でもない。伊勢・志摩は素晴らしい所だし、モツ鍋は美味しい。でも、明らかに間違っている。そして間違っているのは己自身!!これは一大事!!可及的速やかにナントカせねば取り返しがつかなくなる!」


平氏は、そんなことを考えながらプリプリとしたモツを喰った。


プリプリした丸っこいモツを喰いながら、修平氏は別の事を考えた。


「たしか先週ぐらいに淡路島の海に遊びに行った気がするのだが。今年の夏も蝉の鳴き声がやかましかったというのに、いつの間にやら蝉は皆死に絶えて地面にコロコロ転がっていた。しかし、見たまえよ。今じゃギンナンが悪臭を放って御堂筋の舗道に転がっているのだから、月日の経つのは早いものだ。そして、やがて紅葉の季節を迎え、瞬く間に葉は落ち、寒々とした冬が訪れる。冬将軍が遥か北の大地から日本海を渡り、野を越え山越え谷越えて私の身に襲い掛かり、私は呆気なく風邪をひくに決まっているのだ。これで良いのか?私の2011年…つまんねえ。超つまんねえ。ハラハラドキドキなんかありゃしねえ」


平氏は時折、自らドン底状態に陥れる悪い癖がある。


そんな修平氏を友人のS見氏は心配してくれた。


「修平君、駄目!ツイッターとかmixiとかで変な呟きばかりしてちゃ、ダメ、ゼッタイ!」


見兼ねた人々は「ええかげんにしろ」とも言った。



そんな折り、修平氏に大変有り難い知らせがあったのだが、今回は詳細について述べないこととする。


ともかく、修平氏はモツ鍋屋での勤務を終え、とある場所へと向かったのである。

修平氏、大役を仰せつかる。

祝いの席というのは何度あっても良いものである。そこにいるだけで幸福な気持ちになる。


「ありがとう」「おめでとう」実に気持ちの良い言葉ばかりが会場を満たす。


また、そういった場所や時間の中に己がいることが出来るのは大変嬉しいことである。



先日、修平氏は小学校からの友人の結婚式二次会に出席すべく「りばーかふぇ」という、大変洒落たお店に訪れた。


華やかであった。


参加していた友人も来月結婚式を挙げるといった近況報告や懐かしい話などしていると、突然別の友人が現れ修平氏を呼び出した。


「修平君、急で悪いんだけど、ここにいる新婦側の女友達二人とN山君と一緒に司会進行役をしてもらいたいんやけど、いい?」


と言った。


平氏は「ほへっ?」とマヌケな声を出した。


まさかの当日、本番前の大抜擢である。


平氏の身体は一瞬にして硬直し、何を見ても何を聴いても分からなくなった。


まさかそんな大役が回ってくるとは思いもしていなかった。一体どういう人選かコレは!?


会場には五、六十人ほどの列席者がいた。


そんな場所に修平氏を立たせてはいけない。
ノミの心臓を持つ修平氏のことであるから、緊張し過ぎて顔面蒼白、手足は震え、支離滅裂、呼吸困難、挙げ句の果ては心臓発作を起こし、口からぶくぶく泡を噴いてぶっ倒れることは必至である。


だがしかし考えてもみよ。
新郎とはヒヨコ豆みたいに小さな時からの付き合いである。青臭い中学時代も共に過ごした。


その彼の記念すべき日であるというのに「いやいや、僕にそんな大役は務まりません」などと辞任して良いものか?否、断じて否。


「うん。分かった」


平氏は承諾して、タイムスケジュールが書かれた紙に目を通した。


友人は「修平、ガチガチやぞ」と言った。


平氏は応えた。


「何を言うか。案ずることはない。これは武者震いというやつだよ、君。大丈夫。私に任せれば万事順調に進むであろう。まあ、君は麦酒でも飲んで私の司会ぶりを見ていたまえ」


そう言うと修平氏は煙草に火を点け、蒸気機関車の様に引っ切り無しに煙を吸ったり吐いたりした。


また、修平氏は別の友人には違う事を言った。


「ちょっ、アカンわ……。何か、何か、口から何か出てきそうや」



平氏がこの大役を承諾したのは、氏が『引込思案かつ出たがり』という、相反する性格を持ち合わせていることもあるが、素直に、親友の記念すべき日のお手伝いをしたいと思ったからである。


「新郎新婦の入場です!皆様、どうぞ盛大な拍手でお迎えください!!」


平氏二十七年の人生の中で初めて言った言葉であった。


宴席は終始和やかに進み、新郎新婦は幸福そうであった。



平氏の名司会者ぶりは微塵も発揮されなかったが、何はともあれ二次会は大変素晴らしいものであった。


新たな夫婦の未来に幸あれ。


帰り際、もう一人の友人が言った。


「俺も来月結婚式やから、二次会の司会頼むわな」


「ドンと来い!」


平氏は応えた。